16FLIPS gkeisuke’s diary

16小節の長い旅路

愛は光(戸松遥 5th Live tour 2018 COLORFUL GIFT to YOUの感想文)

『オレンジ』という色は、声優やアイドルのライブにおいて特別な意味を持つ光だ。

 

今でこそ、キングブレードを始めとした電池式の台頭によって、従来のアンプルを折るタイプのサイリウムを使用しなくなった人も多いが、それでもウルトラオレンジ、いわゆる『UO』だけは別で用意する人も多いのではないだろうか。

 

UOの発光時間は5分間とされているけど、その閃光のような輝きが保たれるのは、折った瞬間から、長くとも30秒程度だろう。一定の光量で何時間も持つ電池式とコストパフォーマンスを比較したら、比べ物にならない。

 

それでもUOは、前奏が流れた瞬間、自分の心が飛びきり明るい方へ、強く揺さぶられた時にだけ、その昂ぶりを焼き付けるように折る特別な光だった。

 

戸松遥さんは、そんな『オレンジ』を背負ってステージに立ち続けてきた。

 

 

だからこそ、今回のライブツアー『COLORFUL GIFT to YOU』の1曲目『モノクロ』に入る前に、サイリウムを消すことをお願いとしてアナウンスしたのには、少し驚いた。

 

これまでも、バラード調の曲であればサイリウムの光が消えることもあったけれど、『モノクロ』は、はるちゃんのナンバーの中でも攻めたロック調の曲。

 

2016年末に行われた戸松遥のMusicRainbow04でも「最後に思いっきり盛り上がって締めくくりたい」と告げて、セットリストの最後に歌われたような曲だった。 

 

ステージの上を見渡しても、これまで踏んできたライブツアーで見せてきた賑やかで煌びやかな装飾は一切なく、映像を投影するスクリーンが一つ降りてくるだけ。『COLORFUL』という言葉を冠したツアーにも関わらず、はるちゃんもバンドメンバーも、白と黒を基調とした衣装で登場する。

 

このライブの、このセットリストを歌い上げる前に、はるちゃんは『白』になる必要があったのではないかと思う。

 

 

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今回の最終公演のMCで「ソロデビューを迎える前は、キャラクターソングではない『戸松遥』として何を歌っていいのかが分からなかった」と話していた。

 

ミュージックレインという事務所の1期生で、スフィアが生まれるよりも早く、ソロデビューを迎えたはるちゃんは、文字通り真っ白なところからアーティスト活動をスタートさせた。

 

1stアルバム『Rainbow Road』の頃からここまで、はるちゃんはアーティストとしての明確なビジョンを持って走ってきたというよりも、その目標や未来の可能性を探しながら走っているような気がしていた。

 

先述のMR04では「今年はソロ活動で色んなことをやらせてもらった1年だった」と振り返りながら「だからこそ、まだまだやってないことがたくさんあるんだなと思った」と話していた。

 

そうして探し求めてきた道の中で出会った自分の可能性を全て否定せず、どんな顔もどんな表情も、全てを表現することを選び、10年目の今年、彼女はそれを声優でもアーティストでもなく『表現者』という言葉で表した。

 

この充電期間中『声ガール!』や『ハルカウエノセカイ』への出演、朗読劇への登壇、アルバムやシングルの精力的なリリース、ソロとしてのコラボカフェなど、本当にいろんな形で『戸松遥』を示してくれている。

 

他の3人のソロ活動が『自分』が音楽の中で叶えたい景色を突き詰めるている分、外の世界との繋がりを広げていってくれたようにも感じた。 

 

そんな虹色の道を歩んできた、10年経って辿り着いたアルバムにつけた『COLORFUL GIFT』というタイトル。GIFTという言葉は、私たちがはるちゃんから受け取った贈り物であると同時に、はるちゃんが私たちから受け取ったものでもあるのだと思う。

 

 

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ベストアルバムがリリースされた時、はるちゃんは自分自身で収録曲を選ぶのではなく、これまで歌ってきた全ての曲を温度によって『sunshine』『starlight』の2枚に分け、収録楽曲と曲順を、それぞれファンによる投票で決定し、カウントダウン方式で票数の多かった曲たちが構成した。

 

また、2ndアルバムの『Sunny Side Story』でも、今回の『COLORFUL GIFT』でも、四季や様々な色ごとに表情の違う戸松遥さんのアートワークが封入されていて、どの戸松遥が一番好きか、選んでもらうようなやりとりもあった。

 

そして彼女は、スフィアのソロパートでは、長らくバラードを歌っていない。

 

直近にリリースされたシングルの表題曲がバラード調だったとしても、普段以上にソロの時間がたっぷりと取られた『Sphere Fes.』のオレンジステージでも、スフィアとしての戸松遥は、セットリストに自分の心情を吐露するような曲を頑なに入れてこなかった。

 

他の何よりも『楽しい』と思ってもらえる時間を、みんなが好きな曲を、好きな自分を、みんなに笑顔になってもらえる時間を届けたい。

 

それこそが彼女が自らの意志で選択した、戸松遥として歌う理由の大きな一つになっていっているのではないかとも同時に思った。

 

SPLASH MASSAGEの2日目で『letter writer』が初めて披露された時、学生生活最後のスフィアライブとなったReady Steady 5周年の2日目に『春風 -SHUN PU-』を聴いた時、感情的になりすぎて、ボロボロに泣いてしまった私を、スフィアライブの「楽しい」に引き戻してくれたのは、いつだって彼女の太陽のように明るい笑顔だった。

 

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そんな彼女が、戸松遥としてのステージでスフィアの曲をカバーする時、対照的に言葉の一つ一つを大切に噛みしめるような歌い方をしてくれる。

 

彼女はメンバーの中でも、一番ソロでスフィアの曲をカバーしていて、一番最初に歌ったMusicRainbow01では『らくがきDictionary』、MusicRainbow02では『Hazy』、そして今回の中野公演では土曜日に『君の空が晴れるまで』、日曜日に『Non stop road』を歌った。

 

中野公演で歌われた『君の空が晴れるまで』や『Non stop road』は、スフィアの中でも特に人気の高い、本来であればとても盛り上がるナンバーだ。

 

それにも関わらず、中野公演のアレンジはあくまで言葉を届けるためのものとして、4人で紡いできた曲をたった1人で歌い上げた。

 

そうすることを、きっと自らの意志で選びとったのだ。

 

そして、充電期間中の今、スフィアの楽曲を、スフィアの言葉を思い出すように懐かしんで歌うのは、いつだってスフィアのステージを「楽しい」で引っ張ってくれた彼女でしかありえなかったのだと、今なら分かる気がする。

 

 

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かつて、何もないところから始まった『白』と、サイリウムを消すことを自ら選んで始まる『白』とでは、同じ色でも意味が違う。

 

2曲目の『痛快!ロマンチッカー』から、真っ暗だった観客席に、どんどんオレンジ色の光が灯って、ステージの上にたつ真っ白なはるちゃんを染めていく景色が私は大好きだった。

 

カラフルな照明に照らされながら「行きたい場所は迷い楽しむ未来」と、この先の彩り豊かな未来を楽しむように肯定する『Marble』の少し大人になった表情や歌い方が大好きだった。

 

再び灯りを消して、スクリーンに映る影で表現する『あなたの幸せに私がなれるなら』も大好きで、特にCメロで「私」と「あなた」の影だったのが、戸松遥さん二人分の影に置き換わる瞬間が大好きだった。

 

彼女が白になるのは、パーソナルカラーとして選んだオレンジも、スフィアの楽曲を歌う時に揺れた青も、そして奇跡のように再び光った虹色も、観客席の我々が灯す光が、そのまま彼女を形作る鮮やかな『色』になっていくからなのだと思った。

 

アンコール後は、最終公演を除いて、今回のツアーグッズである『COLORFUL GIFT to YOU』と印字された白いTシャツを着て再びステージに現れる。

 

白に始まり、白に至るステージ。

 

何を歌ったらいいか分からないと「色が無い」ことを恐れるのではなく、これから先の未来は何色にでもなれると肯定出来るようになったからこそ、これまでの色を懐かしむように振り返りながらも、胸を張って、まだ何も塗られていない真っ白な自分をステージの上に示すことを選んだライブのようにも感じられた。

 

10年先も、20年先の未来も、ステージの上でキラキラに輝く彼女の姿を、観客席から照らす一人でいられれば、それはとても幸せなことだなと思う。

 

 

***

 

 

彼女が私たちにたくさんの笑顔を、たくさんの楽しい時間を与え続けてくれたからこそ、ステージの上で輝くあの人に対して、観客席にいる自分はなんて無力なのだろうと思うことがある。

 

ひとたび会場の扉を開けると、どんなにたくさんのことを想っていても、ステージを見つめて、言葉にならない声を張り上げて、それをぶつけることしかできない。

 

でも、たった一つだけ、もしかしたら声優さんやアイドルのステージでだけ、言葉を超えた魔法のように、その愛が届くことがある。

 

それは一人だけでは叶わない。会場全体の彼女を想った感情が重なって、ようやく一つだけ想いを届けることが出来る。だから、5年前、彼女はその虹色の輝きをみて「みーんな友達になったんだね」という言葉を残した。

 

『COLORFUL GIFT』が、はるちゃんから私たちへの贈り物であり、私たちがはるちゃんを灯し続けてきた光のことでもあるのであれば、『COLORFUL GIFT to YOU』というツアータイトルの『YOU』というのも、私たち1人1人のことであると同時に、はるちゃん自身のことでもあったのだと思う。

 

そして、彼女が「みんなの笑顔のために」「みんなに楽しんでもらうために」10年間、ステージに立ち続けてくれたのであれば、私たちも「みんな」で「彼女に喜んでもらうため」に贈り物を返す必要があった。

 

『言葉』に出来るとがあるとすれば、既に起こった出来事や感じたことを、できるだけ鮮明な形で留めておくことだけなのだと思う。

 

だから、こうして彼女が喜んでくれることを精一杯考えて、形にして、きちんと想いを届けるための一歩を踏み出してくれた方々には最大級のリスペクトを。

 

そして、声なき一人のオタクの「ありがとう」の言葉じゃとても足りない想いを、たくさんの光の中に混ぜてくれたことに最大級の感謝を送りたい。

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飯田小鳥さんについての覚書き(甘々と稲妻11巻に寄せて)

「料理に一番大切なのは愛情である」というのは、キレイごとではない真実だと思う。

 

個人の好みや、食べる量はそれぞれに違っていて、それは、料理を作る人と食べる人の間に関係性が成熟されていなければ知り得ないことだから。


料理店に当てはめたとしても、味や量はもちろん、メニューやシチュエーション、値段や立地に至るまで考えられて、看板を掲げているのは「誰か」に選ばれるためだ。


誰かと一緒にご飯を食べに行くとき、選んだお店でその人が喜んでくれると嬉しい。一人で食べる時も、財布の中身や気分と相談しつつ、自分が一番喜ぶお店を選びたい。

 

その選ぶ過程に「誰かのための美味しい」を求める心があるのならば、本質はそう大きくは変わらないのだろう。


ただ、料理店の場合は、基本的には、たった一人のためだけに料理を提供している訳では無い。

 

どんなに美味しかったとしても「自分のために存在している」「これは俺のための料理だ」というのは、好きなアイドルが新曲を出すたびに「これは自分のための曲だ」と思い込んでいるファン(俺のことか?)と変わらないだろう。

 

 

私には年子の姉がいるのだけど、小さい頃は味の好みが真逆と言っていいくらいに違った。


姉がおにぎりで一番好きな具は梅干しだったけど、私は今に至るまで食べられない。私は魚が好きだったけど、姉はにおいが苦手だという。


運動会や学芸会といった、姉弟揃ってお弁当が必要なイベントがある時、母は大変だったろうなと思う。


姉の方は我慢して食べられるものも多かったけれど、私は給食を全部食べられた記憶が数えるほどしかないほどの偏食だった。


だけど、お弁当の日はいつも本当に楽しみだった。


姉のお弁当とは中身が少しずつ違っていて、たったそれだけのことで、私たちは愛されて育ってきたのだと、今なら分かる気がする。

 

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甘々と稲妻』という漫画が描いてきたのは、一貫してそうした「誰か」のために作られた料理のことだったように思う。


犬塚先生はつむぎちゃんのことが大好きだった。ただ、お母さんがいなくなって、お仕事も家事もこなすので精一杯で、時間と余裕が無かっただけ。


つむぎちゃんもそれを分かっているから、お弁当の中身が毎日代わり映えのしない冷凍食品でも、夕飯が外食やお弁当屋さんばかりでも、おとさんのことが大好きだった。


仮に、あの時飯田小鳥さんに出会わず、一緒に料理を頑張るという道を選ばなかったとしても、それは変わらなかったのではないかと思う。つむぎの何かを我慢している表情にちゃんと気付いて、走り出すことが出来たのだから。

 

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それでも、犬塚先生とつむぎちゃんは、飯田小鳥さんと出会って、3人は『美味しい』を通じて顔を見て向き合うことの大切さを知り、ゆっくりと丁寧にお互いのことを、自分が抱いている感情の意味を知っていったのだと思う。

 

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飯田小鳥さんは、犬塚先生に対して抱いているその感情の名前が何なのか、ずっと悩んでいた。

 

「好き」であることは間違いない。

 

でも、それを勝手に誰かに名づけられたくもなかった。

 

少しずつでも、きちんと自分自身で向き合って、高校生活の大部分を費やし、ゆっくりとその感情に相応しい答えを探していった。

 

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かつては理由をつけて、バレンタインデーにチョコを贈ろうともしていたけれど、つむぎの真っ直ぐな言葉と想いを受けとって、飯田小鳥さんの想いは、高校生活最後のホワイトデーにお返しされる。

 

一緒に美味しいを共有する中で、知っていることもたくさんあった。

 

以前からは考えられないほど料理の手際もよくなって、ナイフだって扱えるようになった。

 

それでも、自分にとって美味しいものが、必ずしも誰かと一緒とは限らない。

 

誰かに美味しいと思ってもらうために手を尽くしたら、どこまでいっても、あとは祈ることしか出来ないのだ。

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かつて、お父さんとお母さんに仲良くなってもらうため、たった一人で台所に立ったけれど、失敗して指を切ってしまい、その後に両親は離婚。自身も包丁がトラウマになってしまい、料理が大好きなのに、自分で作ることが出来なくなってしまった飯田小鳥さん。

 

彼女が犬塚先生、つむぎちゃんと一緒に過ごした3年間というのは、自分でも分からない、言葉にならない複雑な感情を『美味しい』の中に込めて伝えるようになるまでの時間だったように思う。

 

高校生活の終わりに、たった1人で大切な人たちのために作ったお菓子。

 

そこに込められた想いは、きちんと犬塚先生にもつむぎちゃんにも伝わって、つむぎちゃんには小鳥さんが意図していた以上の想いまで伝わっていて、その『美味しい』は言葉を超えた意味になった。

 

誰かのために作ったものを、その人に『美味しい』と言ってもらうまでの物語。

 

そう言ってしまえば、本当にささやかなお話なのだけれど、私にとって、それは何よりも愛おしく尊い愛の形のようにも思えた。

 

 

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