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今年の目標は日記を書くことです。 2016

日記

明けましておめでとうございます。

2015年1月3日からスタートしたこの日記も、ついに1周年を迎えました。

ここで1年前の日記の締めの部分を振り返ってみよう。

「日記を書く事が今年の目標です」

と、二人に宣言したのだった。

ここ1年はTwitterの利便性に甘えすぎた。これからはブログの時代だ。

仕事上では生まれてから一番文字を生み出した昨年だったけれど、それで得られる何かとは別の部分でもちゃんと書いていたいという気持ちがあった。

2015年の目標として、週2くらい更新をノルマに続けていきたいと思います。多分、なんとか、きっと。

併せて設定したプロフィールも見てみよう。

プロフ

最後に2015年の更新アーカイブを見てみよう。

アーカイブ

何も言うまい。

言い訳をすると、この時点で文芸サークルをやるとは思っておらず、勝手に一人で文章を書く機会を増やすための目標設定だったこと。

同時にふかふか団地ブログ(こちらもよろしくお願いします)で、定期的に日記を上げていた事によるネタ切れ、目標の副次的達成、文章の締め切りを他に抱えていた事が挙げられるだろう。

本来の目的である「文章を書くこと」については、おそらく昨年想定していた以上に形にする事が出来たのだけれど、やっぱり特に校正するでもなく、好きなことをただただ書き殴るだけの場所が欲しいなという気持ちが、正月のこたつの中で湧いてきた。

恐らく時期的なものというか、そういう周期なのだと思う。改めてはじめるのにもちょうどいいタイミングだし。

あと2016年の目標もなんとなく決まって、多分それを形にする場所の一つとしてもベストのような気がした。

その目標は「インプットの手法を変える」こと。

ここ3年くらいは、時間さえあればひたすらに漫画を読み続ける生活が続いていた。

そこから学ぶことや、新しく見えてくるもの、好きな作品や作家さんもたくさん増えたけれど、増えすぎて、昨年辺りからもはや毎月の新刊を追うので精一杯の状態となっていた。

漫画はこれからも勿論読み続けるけれど、今年は1冊に割く密度を上げるためにも、過去3年よりもペースは落とすことにします。

その代わりと言う訳ではないけれど、活字を意識的に読むようにします。

実際に1作目を書き上げてみて、やっぱり活字によるインプットの重要性を痛感した事が大きい。

この3年間は「書かなかった3年間」に等しいのだけれど、やりたいことは以前より格段に増えたのに、それを表現する方法論がゴッソリと抜け落ちていた。

その原因は活字によるインプット、アウトプットが圧倒的に不足していたからに他ならないだろう。

そもそも大学文芸部の部長だった時代から、他の部の人にもちかけられた「わたし京極夏彦よく読むんですよー」という軽い文芸世間話に対して「ああ、あの人の本クッソ分厚いですよね」と返してしまうくらい、極めて文芸リテラシーの低い男だったのだけれど、仮にも社会人になってまでも文芸サークルを立ち上げ、「代表」と名乗っている人間が、ここまで活字を読まなくなってるのはヤバイのではないかとも思った。

前回の反省は結果的に無理のあるペースだったことなので、とりあえず月間1冊は読み、感想を日記として上げよう。

あと読む本の中に、小説だけではなくて「勉強」する本も意識的に含ませようと思う。新書的な。それについても同上です。

もう一つの目標として「音楽を聴くこと」を挙げようと思います。

それこそ、豊崎愛生さんを大好きになって間もない頃は、真似っこをするように、ひたすらに愛生さんの好きな音楽を聴いていた。

音楽と言うのは不思議なもので、最初は「うわっ!」って思っても、思いも寄らないタイミングで急に響きだすことがある。

ただそれは、自分から足を踏み入れていかないと実現するものではない。

音楽的にもちょうど3年くらい停滞が続いてしまっていた気がする。地元のTSUTAYAが潰れてしまったから。

私が豊崎愛生さんに向き合う上で、根っこにあるのは「音楽」なのだと再認識させられた2015年だった。

だから、いろいろな音楽を経て「スフィア」と「豊崎愛生」に戻ってきたいなと思っていた。

私にとっての「豊崎愛生さん」の事は全て私自身につながることで、文章を書くことには直結しているので、これもインプットの一貫でもある。

2週間に1枚、ジャンルを問わずに気になったアルバムを借りてきて、その感想を日記にしようと思います

合計すると月間3回、このブログを更新するということです。

2016年は月に3回日記を書きます。

よし。これならいけそうだ。

今年もよろしくお願いします。